弱者を狙って危害を加えようとするひとに思うこと

悲惨な事件があった。



川崎・登戸の大量殺人犯は”池田小事件・宅間守”に似ている―—精神科医の分析

「通り魔的な大量殺人犯の動機は、自分を軽んじた社会への復讐です。その予備軍は、どこにでも潜んでいます」

追い詰められた人が弱者を叩く。宅間守もそうだった。
その凶行に至った人物は「自分が弱者で、誰かから虐げられている」と思っている。
だから彼らは強者には挑まない。被害者は子どもだったり障害者だったりする。
だが普通の人間は踏みとどまる。

なぜ弱者は踏みとどまれないのか?
それは踏みとどまる強さが無いからだ。
でも、その「踏みとどまる強さ」って生まれつきのものだろうか?それとも偶然にも手に入れたものだろうか?
強くあろうと願っても、努力しても、運が悪いと絶対に手に入らないものが強さだったらどうする?
「彼が強くあろうと願ったかどうか?」
それはどう考えても、事実の中からはみ出すものだろう。
人間の内心ははっきりと見えない。
つまり、彼が強くあろうと願ったことがあるかどうかは「真実」の領域に入る。
往々にして、ある個人の真実は、他者に開かれていない。

人間になるチャンスはあったか?

倫理は言うまでも無く、人間である条件だろう。
もし彼が今まで倫理的なものに触れる機会、つまり人間になる機会が無かったとしたら?
例えば文学、映画、漫画に触れることがそうだ。
だが、これは文化資本が無いと難しい。
テレビも無い、漫画も無い、映画も見に行く習慣が無い家庭だったら?
金銭的にも娯楽を楽しむ余裕も時間も無い家庭だとしたら?

そうした恵まれない状況の人でも、図書館などの公共施設があると言えるだろう。
ただし、虐めによる激しいデプレッションに陥った人間はそうした文化に興味を持つということも出来ない。
そして最低限の幼少期の教育が無ければ、倫理的な作品の楽しみ方が分からないという場合もある。
字が読めない人は、漫画を読めない、本も読めない。

そういった倫理を学ぶ機会が偶然にも潰されないために公教育が肝心だろう。
それでも、彼が何らかの虐めに遭って学校にいけなくなってしまったとしたら?
不登校をケアしてくれる親がいなかったとしたら?
そもそも、家庭が彼を虐げていたとしたら?
そして、彼の周りに人を虐げるタイプの人しかいなかったとしたら?
そして、その境遇にもし、あなたが陥ってしまったとしたら?

あなたは、なんとか凶行を起こすことは踏みとどまれるかもしれない。

嫌なことがあっても、カッとなって人を殺したりしないかもしれない。
良心と自制心によって踏みとどまることができるかもしれない。

でも、自分が生まれつきカッとなりやすい脳の構造だったとしたら?
カッとなりやすいかどうかは、脳内でのドーパミンやノルアドレナリン放出の癖による。
つまり脳の構造に由来する。
それは生まれつきの気質みたいなものだ。
つまり、脳の構造は自分では選ぶことができないものだ。

そういった恵まれない境遇に生まれた人は確実にいる。
それはフィクションではないし、そのような弱者がこれまで沢山の弱者を叩いてきただろう。
平和に生活している人も、彼らの被害者になるかもしれない。

凶行から身を守るためにも、弱者を殺人者にしてはならない

いつあなたの家族が弱者による凶行で命を落とすかなんて分からない。

どうしたら弱者による凶行を防げるか。

前提を挙げてみよう。

  • 一定数の弱者は必ず生まれる。
  • 一定数の非倫理的な人物は偶然にも必ず生まれる。
  • 一定数のカッとなりやすい人物は必ず生まれる。
  • 上記の要素は重複する。重複したとき凶行が生まれることがある。

まず、弱者を強者たらしめることは我々に強制できない。
自分の強さなんて、周りに強制されるものではない。
心理的な強制は内心の自由に反する。
弱者に対して「強くなろうと思え」など愚の骨頂である。

倫理的になるには教育や文化資本が必要。これは政治で変えられる。
不登校や問題児童のケアを行政レベルで実行する環境を作るべきだ。
そして、経済格差による情報アクセスの阻害も、経済政策によってカバーするべきだ。

カッとしやすい脳の性質は障害扱いしてもよいだろう。
その性質で困っている人が一人でもいれば(周りの人間でも良いし、当事者でも良い)
それは医療によって解消されるべき問題だ。
そして医療は政治によって変えられる。

結局の所、身を守るためには
弱者を殺人者にしない」ことが肝要である。

弱者を「殺人者予備軍」のままに放置して見て見ぬ振りをしているのに、いざ凶行が起きると殺人者のみの責任とする。
それは恵まれた環境にいる人間が責任を放棄しているだけなのだ。
どうすれば責任を果たし、弱者による殺人を無くせるか?
上記にも書いたが、間違いなく政治を変えることである。
政治を変えるとは、あなたの投票行動を変えるということに他ならない。

配られたカードが悪いことは誰にだってある。
あなたが殺人者ではない理由は、あなたの今の環境が恵まれているからだ。
あなたは今の環境をすべて、自分の選択によって得てきたのですか?
そんなはずはないだろう。

配られたカードが悪かった弱者があなたやあなたの大事な人を殺すことに対する最高の防御は、政治を変え、格差を縮め、福祉を充実させることだ。

Author: 欲望ソース

too short my life

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です