細美武士の政治や社会に関する言葉を、インタビュー、公式ブログ、ライブやラジオの記録から集めた。
原発への反対、戦争への疑問、辺野古の海、香港の友人、投票の力。ELLEGARDENだけを聴いていると出会わない言葉も、the HIATUSやthe LOW-ATUSの活動をたどると見つかる。
そこには、社会の問題が自分の問題になっていく過程と、言葉の伝え方を考え続ける姿がある。
2012年――被災地で「もっと伝えてほしい」と言われて
後藤正文が編集長を務める「THE FUTURE TIMES」の対談で、細美は、震災後の支援について最初はブログにも書かなかったと話している。活動と音楽を結び付ける必要を感じていなかったからだ。
ところが現地に通ううちに、現状を伝えてほしい、震災を忘れないでほしいと言われるようになる。それで、自分にも伝えることでできることがあるかもしれない、と話し始めた。
全国をツアーしてきた彼にとって、被災した場所には、ライブで顔を合わせた人たちがいた。テレビに映る被害は、客席にいた誰かの暮らしとつながっていた。
同じ対談では、周囲の空気に合わせて人の行動が同じになっていくことへの違和感も語る。頭の中で何を考えたかより、実際にどう動いたかを大切にしたいという。
出典:THE FUTURE TIMES「視線と未来」(本人対談、末尾に2012年2月8日と記載)
2012年――進みすぎたら、戻ることもできる
対談の後半では、音楽が産業として扱われ、お金に人の気持ちが向かっていくことへの疑問を述べている。作り手だけでなく、聴き手にも文化を作っている感覚を持ってほしい、と。
後退も意思を持って進むなら進歩
細美は、今まで進んできた方向がつまらなければ、向きを変えてもいいと話す。後藤が経済成長だけを進歩と呼べるのかと応じると、細美も、行きすぎたなら戻ればいいと続けた。何でも増やし続けることを、当然の前提にはしていない。
出典:THE FUTURE TIMES「視線と未来」後半(本人対談、2012年2月8日)
2014年――子どもに向けられるヘイトスピーチへの怒り
2014年11月22日、大阪・味園ユニバースでの「SESSION×ZASSO.」。参加者のライブ記録には、細美が、新大久保の朝鮮学校の子どもたちに向けられるヘイトスピーチに怒りを示した場面が残っている。
前年の「東北ジャム」の参加者レポートにも、TOSHI-LOWとの共演で人種差別への反対が語られ、「青空」が演奏されたという記録がある。被災地支援の現場で歌うことと、差別について話すことが、同じステージの上にあった。
出典:DizzyLife「2014.11.22 SESSION×ZASSO.@味園ユニバース」、ディスやむなし「東北ジャム 1日目」(いずれも参加者によるライブ記録)
2015年1月――泥の中から出てきた卒業文集
アースガーデンのインタビューで、細美は東北でのボランティアを振り返っている。庭に流れ着いた大きな松を切って運び出していたら、その下から泥だらけの中学生の卒業文集が出てきた。
物を片づける作業の中で、そこで暮らしていた人の生活に触れる。そうして、それまで関係のなかった世界が、自分と無関係ではなくなっていったという。
次の世代の連中には、もうちょっとマシな世界を残したい
同じインタビューでは、活動への参加を人に無理強いするつもりはないとも話す。まず自分たちが楽しんで取り組み、興味を持った人が加われるようにしたい。チャリティについて本を買って学び、送金だけでなく、必要な支援の情報を伝える役割があると知ったことも語っている。
出典:アースガーデン「命の使いどころを探してた。the HIATUSの細美武士が語る『自分の内面にある善と悪』」(本人インタビュー、2015年1月8日)
2015年5月――原発再稼働に反対する集会へ
2015年5月31日、東京・上野の水上音楽堂で「さようなら原発 Live&Talk 川内・高浜原発 再稼働のボタンを押させない!」が開かれた。
IWJの当日取材には、細美のライブ出演が記録されている。落合恵子、雨宮処凛、飯舘村の酪農家・長谷川健一らのトークとともに組まれた催しで、再稼働への反対を掲げる集会に、自ら足を運んで歌っていた。
出典:IWJ「さようなら原発 Live&Talk」(当日取材・出演記録、2015年5月31日)
2015年8月――国会前の学生の言葉を聞いて
「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2015」の参加者レポートには、細美がTOSHI-LOWと国会前へ行き、学生の話を聞いたと語った場面がある。実名を出し、自分の考えを自分の言葉で話す姿に心を動かされたという。
その日のMCでは、川内原発の再稼働や戦争についても触れていたと記されている。毎日働き、目の前の暮らしで精いっぱいなのに、さらに戦争をしている場合なのか。政治の話を、客席にいる人の毎日に引き寄せて話していた。
出典:「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2015(MONOEYES、HIATUS、OAU)」(参加者によるライブ記録)
2015年9月――「自分たちの生活を歌っているんだ」
「中津川 THE SOLAR BUDOKAN 2015」のthe LOW-ATUSのステージでは、安保法案などの政治問題が話題になった。
BARKSの現地取材によると、二人は、ミュージシャンが政治を語ることへの批判にも触れながら、自分たちが歌っているのは生活なのだという意思を伝えた。
自分たちの生活を歌っているんだ
これは、細美とTOSHI-LOWの二人の言葉として記事に記録されている。生活の中で起きていることを、ステージに上がったからといって話せなくなるのはおかしい。その姿勢が伝わる場面だ。
出典:BARKS「【速レポ】<中津川フェス>the LOW-ATUS」(現地取材、2015年9月27日)
2016年3月――原発の歴史を学び、太陽光で動く音楽堂へ
2016年3月13日、the LOW-ATUSは、ISEP環境エネルギー政策研究所の「エネルギーデモクラシートーク&ライブ」に出演した。
主催者の開催報告によると、二人は、なぜ日本で原発が推進されてきたのかを知ろうと、「ラッコでもわかる原発問題」という配信でエネルギー政策の歴史を学んだという。
さらに、仲間と太陽光発電について知識を深め、太陽光で稼働する猪苗代野外音楽堂の立ち上げにも関わったと話している。原発に反対する声と、自分たちで別の電源を使う試みがつながっている。
出典:ISEP「the LOW-ATUS × ISEP エネルギーデモクラシートーク&ライブ」(主催者報告、催しは2016年3月13日、報告掲載は4月6日)
2018年――国境を越えた共演を、隣の家に行く感覚で
日本、台湾、韓国、香港のバンドが共演した「Far East Union Vol.3」。2018年3月7日の東京公演で、細美は開演前からステージに立ち、韓国のTHE SOLUTIONSのパク・ソルを呼び込んだ。
現地取材では、隣の家にコチジャンや八角を借りに行くようなものだから、堅苦しく考えず楽しんでほしいという趣旨の言葉が紹介されている。国を越えた交流を、遠い特別な出来事にしない。その気軽さがいい。
出典:vois「MONOEYES『最高の1日』アジア各国のバンドと見せた音楽の輪」(桂伸也による現地取材、2018年3月27日配信)
2019年2月――辺野古で見た海を残したい
沖縄県民投票が行われた2019年2月24日、細美とTOSHI-LOWは東京の「YOSHI ROCK FESTIVAL」に出演した。
オトニッチのライブ記録によると、細美は県民投票に注目していると話し、何度か辺野古を訪れたときに見た海の美しさを振り返った。難しい問題があっても、あの景色が失われるのは嫌だという思いを語っていたという。
制度の説明より先に出てくるのが、自分が行って見た場所を残したいという感情だった。
出典:オトニッチ「ミュージシャン・バンドマンの政治や選挙についての発言に思うこと」(参加者のMC記録、2019年7月23日掲載)
2020年7月――香港の友人と、投票する力
2020年7月5日の東京都知事選で、細美はChoose Life Projectの動画に登場し、投票を呼びかけた。
その内容を紹介した台湾の音楽メディアMeMeOnによると、細美は香港の国家安全維持法に触れ、現地のバンド仲間を心配していた。友人たちに、ひとりではないと伝えたくて、台湾の仲間にも電話をしたという。
電話ではコロナ禍のライブ事情も話題になる。台湾ではモッシュやダイブもできると聞いて驚き、行政のあり方によって、自分たちの暮らしが短期間でも大きく変わると感じた。
誰か特別なヒーローが現れて、全部を変えてくれるわけではない。そこで自分の手にある力として挙げたのが投票だった。CLPの紹介文も、行政による生活の変化と、投票を続ける意思を伝えている。
出典:Choose Life Projectの動画投稿(2020年7月5日)、MeMeOn「東京都知事選舉 細美武士 呼籲大家投票去」(動画内容の中国語紹介、同日)
2021年6月――反戦歌を歌うと、帰っていく客もいた
the LOW-ATUSのアルバム『旅鳥小唄 / Songbirds of Passage』についてのインタビューで、細美は、二人で反戦歌を歌ってきた10年ほどの経験を振り返っている。
高田渡の「自衛隊に入ろう」を歌い始めると、自分たちを目当てに来たはずの客が帰っていくこともあったという。
それでも、伝わらないなら話すのをやめる、と簡単には割り切れない。言いたいことを相手に伝えるのは難しく、だからこそ丁寧に伝え、誤解されることも引き受ける必要があると話す。
自分の言葉って一生懸命獲得すべきだと思うんだよね。
出典:Real Sound「細美武士とTOSHI-LOWをつなぐ、深く太い“縁”」後半(石井恵梨子による本人インタビュー、2021年6月9日)
2022年7月――対立や分断を深めるやり方を振り返る
安倍晋三元首相の銃撃事件後には、過去の政治的な表現について、ファンの中からも批判が出た。
2022年7月14日付の末宗凌のブログには、前日の「Hedgehog Diaries」で、細美が、対立や分断を深める過去のやり方は間違っていたと話した、という記録がある。
発言を批判してきた聴き手が、その振り返りに安堵したと書いている。何を訴えるかとともに、どんな伝え方をしてきたかを問い直した記録として読める。
出典:末宗凌「I’m Coming Along」(聴取者による放送記録、2022年7月14日)
2025年10月――友達に本音を話すようなMCを続けるために
公式ブログの「ライブ後のMC投稿に関して①②」では、ステージの言葉がSNSで要約され、本人の意図と違う形で広がることへの戸惑いを綴っている。
細美にとってMCは、友達に本音を話すようなものだ。その言葉が違う形で不特定多数に貼り出される感覚が続くと、当たり障りのないことだけを話す方がいいのか、と考えてしまうという。
一方で、記憶を共有してくれた人に悪意がないことも分かっている。投稿した人が落ち込んだり、周囲から攻撃されたりすることは望んでいないとも書く。
本音を話せる場所を失いたくないし、聞いた人を責めたいわけでもない。政治や社会についての言葉を探した先には、そのやり取り自体を大切にしたいという文章も残っていた。
出典:細美武士公式ブログ「ライブ後のMC投稿に関して①」、「同②」(本人執筆、2025年10月5日)
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